戦争遺跡のコウモリ         


2008年11月7日


某所に、明治時代の戦争遺跡があちこちに残っています。大阪湾の入り口に当たるため、外国の船が攻めてくるときはこの海峡を通るだろうと言うことで、本土側や向こう側の島に、砲台がいっぱい作られたそうです。明治時代だけじゃなく、昭和の初めまでその設備は存続し、一般人の出入りは禁止されていたそうです。実際に砲台が据え付けられたのかどうかは知りませんが、実戦として使われたことはないそうです。

コウモリの調査を始めたとき、ここは非常に有名ですので、何度か調査しました。島側の砲台跡にはキクガシラコウモリの生息を確認できましたが、本土側の方にはコウモリの姿や、ウンコなどの、生息の痕跡はありませんでしたので、最近は調査していませんでした。ちょっとした事からネットで調べものをしていると、某砲台跡にコウモリがいた、との記載がありました。そこは行ったことがない場所でした。どうも、私の知らない箇所があちこちにあるようです。あわてて、それらの再調査に行ってみました。


ここは、何度も訪れている場所。やっぱり、コウモリ的ではありません。


きれいな遊歩道が出来ています。公園みたいな感じです。



何に使ったのかなんてさっぱりわかりませんが、いろんなタイプの部屋があります。
私が知っていたのは、この付近だけでした。


ついで、新しい穴を捜しに行きました。
ネットでの情報通り、こんな石碑がありました。砲台設備自体は陸軍のものだったそうですが、やっぱり海が近いので海軍も関係があった、ということでしょうか。



ここにもきれいな遊歩道が付いています。が、道路入り口の案内図にはこちら側の遺跡についての説明はありませんし、行き止まりの道ですので、あまり人は来ないのかもしれません。


これが新発見の生息地です。トンネルのようでしたが、途中で埋めた?、落盤?のため、行き止まりになっています。そのため、コウモリが住みやすくなっているのでしょう。


50頭弱のコウモリがいました。
翼帯の付いたコウモリを発見し、調べてみると私が大阪南部で標識した子らでした。直線距離で数kmというところでしょうか。ちなみに、そちらも戦争遺跡です。



(左)奥から出口側を見た図。床には、線路でも引いていたような痕跡があります。
(右)落盤と言うより、埋め戻したのでしょうか。


横には、普通の部屋になった所もあります。が、中はゴミだらけ。一人がゴミをほかすと、みんなまねをするのでしょう。ここ以外の遺跡は比較的きれいですのに、残念なことです。行政側も、こちら側の遺構は整備していないようです。


炉になったような遺物もありました。ストーブ?何でこんな所に?


奥の上部には、風抜き?の、煙突状の残存物。


手前は煉瓦積みで、奥にはコンクリートが続きます。昭和に入ってからの補強でしょうか。


HPでは、別の場所にもトンネルがあるとの記載があったのですが、それを探すのに一苦労しました。どうせ書くなら、もっとわかりやすく書いてくれればいいのに。探し当てた場所は、道も付いていない所でしたが、獣道のような踏みあと、木を切った痕跡はありましたので、誰かは何度か訪れているのでしょう。
遺跡は非常にきれいな、しっかりしたものでした。


コウモリに期待しましたが、痕跡もありませんでした。前記の穴と同じように、線路を引いたあとがありました。海に続いていますので、魚雷を運んだ通路か、とも書いてありました。


このまわりにも遺構はいっぱいあります。
溝がありましたが、この大きさではちょっと入る気になりません。たぶん、海岸側にも穴があったので、排水溝かなんかでしょう。


近くから、海岸に降りられるようになっていました。
水路があったので入ってみると、最初にコウモリを見つけた遺構近くに開口していました。


これが、上記の小さな排水溝の出口だと思います。


これは潜水艦関連の設備、といわれているものだそうです。


海岸を散歩していると、見つけました。写りが悪いのですが、鯨の骨です。


ここが、外国の軍艦が通るはずだった海峡。


ついで、HPの記載に従って別の場所に移動しました。水路がある、というようなことでしたが、短くてコウモリ的ではありませんでした。


なんかの施設があったらしく、石段で囲まれたスペースに、煉瓦が散乱しています。


さらに、別の場所に移動しました。市の、青少年何とかという施設になっています。
これはたぶん砲台跡。


ここにもあちこち、部屋がありますが、鍵がかかって物置になっているようです。


ここから尾根を歩くと、別の所にも施設のあとがあります。


部屋は鍵がかかり、ここも物置になっています。


一面整備され、芝生広場になっています。何故かというと、


このあたりの砲台跡を中心にして、アスレチックコースが出来上がっています。遊具が並んでいて、ある砲台跡からは、滑り台が作られています。
なんで、こんな山中、しかも戦争遺跡のあとに、こんな施設が必要なんでしょう?まあ、平和だからこそ出来る遊びかもしれませんが、どうしてここにこういう遺跡があるのかをしっかり教えるのが、教育何じゃないでしょうか?



ある部屋へ入ると、久しぶりにカマドウマの団体が。さらに、部屋の隅の穴(たぶん、伝声管)には、クモの団体。カマドウマは何とか耐えられるけど、クモは遠慮したいなあ。


これらの施設の正面にはこんな建物。たぶんトイレじゃないか、とHPに書いてありました。100年以上前、明治の兵隊さんは、ここで何を思って用を足していたんでしょうね。


一通り、遺跡をチェックしました。HPに書いてあったのは、ほぼ全て調査終了。コウモリの生息地を見つけ、うれしいけど、また毎年の用事が増えました。ひょっとすると、繁殖の可能性もあるし、大阪の穴と両方を使用しているようですので、それらの調査を今後どうするかも問題です。そういえば、ここは和歌山県。和歌山県での捕獲許可は取っていませんので、(厳密に言うと)翼帯の付いたコウモリを見つけても番号が読めません。今から申請を出す?以前、申請を出したけど却下されたことがあるので、なんとなく憂鬱。さて、どうしようかなあ。どなたか、調査されませんか?



帰りに、キクガシラコウモリとモモジロコウモリが繁殖している場所を見てきました。予想通り、ほとんどいません。シーズンになると、何百頭っているんですけど。


久しぶりに充実した休日でした。
かなり、車で走りました。しんどかった。